ここ3年程度で急速にスマートフォンが普及し、モバイルデバイスの主流になってきています。
確かに私もスマートフォンユーザーなので、その技術の進歩の恩恵を受けています。
しかし、それと同時に、ある種の危機感も覚え始めています。

これだけ高性能なモバイルデバイスが、いつも手元にあるのですから、何かわからない事があれば
すぐ検索エンジンに言葉を入れて、その意味するものを探すことができます。
ここで私が心掛けていることは、「できるだけ”理解”のレベルまで持ち込む」ということです。

検索結果は、ものの1秒足らずで画面に羅列されていきます。
その中から、親和性の高いと感じられる項目をクリックして、検索結果の内容を調べます。
ここまでは、おそらく誰もが日常的にする行為だと思います。

さて、問題はその後。
意味を知って、満足。そして、ブラウザを閉じる…。
いや、ちょっと待って下さい。もう一度、その意味を調べることとなったとき、
コンピュータ的に言うのであれば、自分の知識に「タグ」を付けるのと、そうでないのとでは、
とても大きな差が出てくると思うのです。

私の場合ですと、今でも少しずつ英語を使う場面があり、解らない語句や言い回しは
勿論インターネットから探してくることもあります。
意味や対訳は、たしかに検索エンジンにかければ一発的中ですが、
いざ、そういうモバイルデバイスが無い状態や、モバイルデバイスとにらめっことなることが
スムーズなコミュニケーションを阻害するような場面では、どうなるのでしょうか?

そう考えた時、ぞっとするので、必ず何度も読み返したり、何度も発音したりしています。
そのおかげか、少しずつですが、文法もリスニングも、昔の感覚を取り戻してきています。
あとはスムーズに話せること、ですが、これは母国語でも難しいので…ずっと付きまとう課題です。

それはさておき、ここまでダラダラ書いておいてなんですが、前回の記事の関連ですと、

「出来るだけ、紙の辞書を引く」。これをお勧めしたいのです。
検索エンジンは確かに早いですが、長期的に見ると紙の辞書で調べることの方がメリットが大きいと思います。
それはなぜかと言いますと
(1)分厚いページを苦労して探す。苦労して探したものはなかなか忘れにくい。という習性(心理?)を利用する。
(2)一語一語a~zの順番になっているので、綴りも体得しやすい。
(3)情報量がシンプルながら多いので、凡例を覚えれば関連する知識も同時に得られる。
ざっとこんな感じでしょうか。

あと、やっぱり忘れちゃいけないのが、調べたらそれで終わりにしないという思いでしょうか。
勉学だけではなく、いろんなことに言えると思うのですが、私も常日頃の心掛けとして…まだまだ精進しなければいけませんね。