私が読んだ記事とは少し違いますが……。

大変遅くなりましたが、ノーベル賞に関連するお話です。

気になったのが、ノーベル賞を取られるような方でも、英語が嫌い、英語が苦手な方はいるのだ、ということです。

そして、それでも研究の成果を上げられる理由の一つに、翻訳文化が果たしている役割が一定程度あること。

思考を深めるためには、外国語で考えるのではなく、母国語での思考の重要性があるということです。

世の中は英語ブーム(といいながら、ずっと英語英語言っていますが…。)

私も時々地元の教会に言って無料の英会話を体験していますし、娘は教室が好きで英語を習いに行っています。

私自身のあこがれもあって、英語を勉強したいという気持ちは大きいです。

話は変わりますが、英語と国語には一定程度の関係があります。

受験においてですよ。

英語で高得点をとれる人に、国語が苦手な人が非常に少ないことです。

理由は、英語で難易度の高い問題と言うのは、長文読解です。

英文を読んで、日本語になおす…という問題をイメージしていただけるといいかと思います。

そうすると、英語は理解できても、それを日本語になおす時点で、一定程度の国語力が必要になるからです。

しかも、英語の文法などを理解する際には、日本語の構造との違いなどが説明に必ず入ります。

ですので、一定程度の日本語力は必要になってくるのです。

もちろん、英語も日本語も母国語のように考えて話せる人は、また違ってきますが…。

以前、社会人で看護学校を受験する人になる方には、国語の指導がほとんど必要ありませんでした。
なぜなら、社会人経験で文章を作成したり、漢字を使うことがあり、受験の国語は簡単に感じていた方が多かったからです。そういう思考力を鍛えるような仕事をしてこなかった方も、漢字や故事成語・敬語などは自然に身についていた方がほとんどでした。

しかし、ここ最近は、国語もやばい……という方が増えています。
看護学校の受験が、それだけ一般的になってきたのかもしれません。スマートフォンや携帯電話の普及により、漢字が書けなくなってきた方が増えているからかも知れません。仕事で思考力を求められることが減ってきたのかもしれません。ほかの理由があるのかもしれません。

やっぱり、母国語である日本語は、大事ですね。